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「俺の家にはサンタクロースは来ないと思ってた。」
もうすぐクリスマスだから、それらしいところに行こう、ということになって、なぜか近くの公園のシャンパングラスツリーを見に行った帰りにしんちゃんはそう言った。
私は、何で?と聞く代わりに「そうなの?」と聞いた。
直接的な言葉はそのつもりはなくても、大事な人を傷つけてしまうことがある。
そういう点において、私はとても注意深く生きていた。
「うん。サンタクロースはいい子のところにしかこないって、周りの大人たちが口をそろえて言ってたし。」
「そして、俺、いい子だっていう自信がなかったし。」
しんちゃんは紺の、そして私は赤い手袋をしたまま私たちは手を繋いで歩いていた。
きれいなものを見た帰りは、何となく胸がいっぱいで別れ難く、お互い何でもないことを話しながら時間稼ぎをしていた。
何でもないこと、他愛もないこと、子どもの頃のことや、自分の好きなもののこと。
そういう時の私たちの会話は、話している内容が何てことなくても、ふたりを包む空気の色がやさしく、柔らかくなっていることに気が付いている。
お互いがお互いを大事だと思っていること。
その事実。
私は握る手のひらに力を込めた。
どうか、どうか愛されている事実が彼に伝わりますように。
うんと、やさしく、伝わりますように。
「しんちゃんはいい子だよ?」
しんちゃんは何も言わなかった。何も言わないまま、その瞳に夜空を映して、少しだけ、睫毛を伏せた。世界に、幕を落とすように。
しんちゃんはいい子だよ、
彼が、そう言って欲しい人はもうこの世にいない。無条件に受け止めて、愛してくれる人。
小さな頃のしんちゃんが、愛されるためにいい子でいようとしたことをいじらしく思った。
愛しいと、思った。
いい子にも、そうでない子にも、聖者にも、悪人にも等しく来る、聖なる夜を、
君の隣で静かなきもちで迎えよう。
大事な人と大切な時間を。
私の愛が、どうか君にやさしく伝わりますように。
祈るように目を閉じて、そんなことを思った、星月夜。