ものすごく幸福な夢の名残りを抱いて、目が覚めた。

目覚めたのはいつもの病院のベットの上で、もうすぐ午後の回診、という時間だった。

ここではゆっくりと時間が流れる。

淹れたばかりのお茶でさえ、ゆっくりと速度を緩めて冷めていくような気さえする。

あぁ、とてもい夢だったのに、と私は思った。どうしても思い出せない。僅かに夢の残り香が燻っている。

幸福な桃色、黒のカシミア、やさしく笑うひと。

そんなもの。

1ヶ月前に職場で倒れて、気が付いたら入院してしまっていた。過労ということだったが、自分の身体のことだ。良くないことは分かっている。それが死に至る病ではなくても、元のようになるまでうんとかかるということも。そして、それを私に気付かせまいとする周りのやさしくも分かり易い心使いも、全部分かっていて、私はそれに甘えている、という状態だった。

冬の澄んだ青い空はいつも、哀しい。幸福な夢を見て、それを忘れてしまったということさえ、私を哀しくさせるには十分だった。

そういえば、今日はクリスマスイブだった、ということを思い出してまた暗い気持ちになった。

病室で迎えるということは致し方ないが、恋人が遅い勤務で、面会時間に間に合いそうにない、というのはどうしたものか。いっそ抗議のメールでも送ってやろうかと思ったが、それは堪えた。

それでなくても、病人の恋人、というだけで我慢をしてもらっている状態なのだ。

代わりに、さっきの夢の続きを期待してもう一度眠りに就くことにした。

哀しいきもちにならないように、楽しいことばかりを考えるようにして。2度目の眠りはとろりと濃い、蜂蜜のようだ。

夢の中で、私はサンタクロースの助手だった。イブだからだろうか?分かり易い脳内で我ながらおめでたい。

助手の私の仕事は、種を飛ばすこと。遠く、離れた小さな惑星から、青く澄んだ水の惑星まで。

種はクロタネソウの種に似て、小さくかわいらしい、目には見えない種だった。

「これを人々のこころに向かって飛ばしなさい。」

サンタクロースはやさしく笑ってそう言った。

「そして、その種がどんな風に育っていくのかを見守るのが君の仕事だよ。」

種は、飛ばされた人々のこころを糧にして成長する。花を咲かすものもあれば途中で枯れるものもある。花も、それぞれ別の色をしている。

私は恋人のこころに種を飛ばした。そして、その種がぐんぐん成長するのを見届けた。雨の日も、晴れの日も、種は成長し続け、いよいよ小さなつぼみをつけた。

小さなつぼみが花になる、その瞬間に、またしても目が覚めた。

今回ははっきりと夢の内容を覚えていたので、ストレスが溜まった。恋人の心に咲く花を見てみたかった。

気が付くと窓の外は暗く、眠っている間に夜になってしまったようだった。

面会時間は当然のように過ぎ、病室でのクリスマスイブもいよいよ終盤戦、といったところだ。

そのとき、不意に携帯電話がメールの着信を告げた。

メールは恋人からだった。

『今日は行けなくてごめん。今夜、11時頃、君の病室の窓から通りを見ていてね。』

ばかなことを。何が起こるか全然予想がつくんだけど。

そう思いながらも、じんと温かい気持ちに包まれた。

私は安らかなきもちで、そのときを待った。

11時。

窓の外を見ると案の定、通りに恋人が立っていた。愛しそうに私の病室を見上げ、口パクで伝えた。

メリークリスマス。

北国の子どもみたいにピンクのほっぺたで、黒のマフラーをぐるぐる巻きにして。

恋人がサンタクロース、なんて歌があったけど、サンタクロースとは程遠い、死神みたいな恰好で、にこにこ笑っていた。

 

幸福な桃色、

黒のカシミア、

やさしく笑うひと。

 

じんとするような幸福感の中、夢の名残りを思った。

恋人のこころの中にはきっと、きれいな花が咲くだろう。

愛する人の喜ぶ顔は、それだけできっと美しい花なのだ。