そう言えばクリスマスイブだった。

気が付いたのは監視がそんな話をしていたからで、俺にはそもそも時間や曜日感覚なんてとっくの昔に失われていた。

「クリスマスなのに、こういう仕事していると滅入るよな。」

「早く終わらせて帰ろうぜ、彼女が待ってるんだろ。」

小声で、幸福そうに笑っている彼らを見ていると何だか俺まであたたかい気持ちになった。

以前の俺だったら、殴るか、蹴るか、とにかく無茶苦茶していただろう。

けれど、毒気を抜かれたというのだろうか。すっかりそんな気も失せ、ただぼんやりと日々を送るだけの毎日だ。此処を出て、何がしたい、と聞かれても上手く答えられない。此処を出たいのかすら分からない。此処は安らかな場所だった。少なくとも、俺にとっては。

「ナイフ、またお前に手紙だ。」

俺はナイフと呼ばれている。ナイフのように尖っていて鋭い、触れるもの全てを傷つける、そういう意味だそうだ。嘲笑ってしまう。

此処に入る前のことは後悔していない。自分がやりたいように生きてきた結果だ。認めるし、償う。でもやり直したいとは思わない。もし、やり直したとしても結局俺は同じことをしただろう。

俺は、人を殺した。

 

ナイフへ。

お元気ですか?街はもうすっかりクリスマス一色だよ。あたしたちが生まれ育ったレンガ街も、今年は電飾で飾りつけられている。1本だけたっているノッポの銀杏(あたしがグランパと呼んでいた木だよ)も、赤や緑の電飾が巻きつけられて何だか照れているみたい。笑えるよ。

ナイフがいない世界はつまらないよ。毎日がただ、流れるように過ぎていく。

あたしは、パン屋でアルバイトを始めたよ。自給はそんなに良くないけれど、居心地はいいところ。

みんな親切だし、お客さんもあったかいし。それに知っていた?パンが焼けるときの匂いは最高だよ。世界一幸せな匂いだと思う。ナイフにも届けてあげられたらいいんだけど。

残念なことに、あたしはナイフにあげられるものが何もないんだ。お金も持ってないしね。

でも、あたしたちの夢だけは叶えられるよう、一生懸命働くよ。ナイフがそこを出たときにびっくりするくらい。誰も、何もあたしたちの約束だけは奪えない。そうだよね?

だから、ナイフ。信じて待ってるよ。早く、そこを出てきてね。もうひとりぼっちは嫌だよ。

たくさんの愛を込めて、メリークリスマス。

リン

 

リンは俺と同じ施設で育った幼馴染だ。鈴のように小さく、震えるような声で俺を呼ぶのでリン、という名前が付いた。本当の名前なんて俺たちには無かった。俺たちが上手に生きていける場所なんて、この世界には存在しないことは知っていた。

今でも、覚えている。あの大雪の夜。赤い血、リンの泣き叫ぶ声、思わず手にした光る銀。

どこで、何を間違えた。

ただ、幸せに生きていきたいだけなのに。

リンが、パン屋なんかで働いていないことはとっくの昔に気が付いている。

俺たちに用意されている場所なんて見当が付く。例え、此処を出られたとしてもゴミ箱のような世界で生きていく。

いつか、小さな家を買ってそこで暮らそう。ふたりで。あたたかい場所で。

俺たちは、その夢と約束の引き換えに、何を失い、何を差し出すのだろう。

それでも、俺たちの約束は誰にも侵せない。

今夜はクリスマスイブだ。俺にだってあげられるものが何もない。

この世界のどこかのゴミ溜めのような場所で、今日も腐った男を相手にしているリンに。

いつか、くだばるその日まで、俺の命をくれてやる。