015 ニューロン


髪の長い男は嫌い。

しかも、それが似合うと思っている男はもっと嫌い。

自信過剰で、無神経で、

ひとを馬鹿にしたようにげらげら笑っちゃう男なんて最低だ。

そういうやつはきっと自分が誰かを傷つけているなんて微塵も感じてないに違いない。

転じてあたしは、おんなじクラスの早柴新太郎のことが、きらいです。







ラクガキローランダー







学校というひとつのカテゴリーには様々な人種が存在している。

例えば勉強ができて先生受けもいい優等生タイプ。

こういう人は学校カースト制度の中では大体中級にランクする。

(中には苛められたりパシられたりする人もいるけど)

学校というのはたいていの人が偏差値は普通、またはそれ以下の人の集まりで、

そんな中、優等生というのは一種格別な感じがあるのだ。

まぁ、実際の社会で言えば政治家とかに近いんだろうか。

えらいんだろうけど日常の学校生活には影響を及ぼさない。

それに反して学校カースト制度のなかで実験を握っている人は実は頭はそんなに良くなかったりする。

頭は良くないけど、顔が良かったり、服のセンスが良かったり、何となく醸し出す雰囲気がお洒落だったり、

そういう人が学校カースト制度の上位にランクしたりするのです。

これはあたしの中学においてだけのことじゃないはず。そう思うんだけど、全国調査は取った事が無いので詳しいことはわかりません。

まぁ、上位にランクしなくても、いろんな場所で影響力があるのは確か。

こういう人は先生受けも適度によい。

目立つから先生も目をかけやすいんだと思う。

手のかかる子ほどかわいいって言うしね。

じゃぁ、カースト制度下位にランクする人はどんなかって言うと、

取り立てて顔がいいわけでもない、際立ったキャラもない、頭がいいわけでもない、お洒落なわけでもない、

学校の中で好きな場所が図書館だったり、社会科準備室だったり、美術室だったりするような人。

要するにあたしみたいな子。

あたしは 斉藤やよい、高校2年生。美術部所属。クラスの中でも目立たない方。

仲のいい友達は2人。(図書委員と華道部所属)

シャガールの絵と、村上春樹の小説を愛する。

成績はちゅうくらい。容姿もちゅうくらい。

人より誇れるものなんて、なにもない。

小学校の頃男の子にプチ苛めをされていたので、いまだ男の子は苦手。

なるべく関わらないように生きていきたい。
特に早柴とか、早柴とか、早柴のようなやつとは。





それなのに。





今月に入って席替えがあった。
私の席は窓際の後ろから
2番目で、お、なかなかいい席、なんて喜んでいたら、

隣の席が早柴だった。

よっこらしょ、と机を動かして隣を見ると、早柴が「ゲ!」という顔をしていた。

ムカつく!

ゲ!なのはこっちだっちゅうの。

それなのに、先にゲ、という顔(こういうすぐに顔に出るところがガキでムカつく)をされるとあたしも傷つく。

こういうのは先にした方が勝ちなのです。

嫌いなのに、早柴は嫌いなのに、
あたしが隣でごめんね、というきもちになる。

何でだろう。

隣の席というのは小テストの採点の交換をしたり、教科書を忘れたときに見せてあげなきゃならないから、何かと付き合うことが多くなるんだよね。

だからか。

早柴は多分、あたしとそういうことをするのを嫌がると思ったんだ。

早柴は、あたしと違う人種。なんてったって学校カースト制度の上位なんですから。

早柴はそのジャイアニズム性を活用して、気の弱そうな誰かと席を(無理やりに)交換するのかと思っていたら、

後ろから2番目という好位置のせいか、変えずにそのままの席を貫くつもりらしかった。

窓から5月の風が入ってきて、早柴の髪を撫でていく。

微かに、青林檎のようなにおいがした。きっと高いシャンプーを使っているに違いない。男のくせに。





ところで早柴には彼女がいて、

おんなじクラスの今井さんだ。今井さんはきれい、とかかわいいとかいうんじゃなくて、(あたしが言えた義理じゃないけど、)

なんていうかお洒落な人。スカートの丈を誰よりも短くしていて、明らかに地毛じゃねーだろ、という髪の色を地毛だと言い張って、

折りたたんだ携帯にキティちゃんと、スヌーピーと、とにかくストラップをたくさんつけていた。

今井さんが歩くとじゃらじゃらといろんな音がした。

甘くてとろんとした香りのコロンをつけていて、休み時間の度に早柴の席までやってきた。

休み時間はあまり好きじゃない。

わたしの数少ない友達は別のクラスなので、休み時間は暇をもてあましてしまうのだ。

何なら6時間ぶっとおしで授業でもいい。(授業中は脳内トリップできるし)

たいていはトイレにいったり、次の授業の予習をしたり、寝たふりをして過ごす。

今井さんが遊びに来た2時間目の休み時間は寝たふりをしていた。寝たふりなので誰が来たかすぐに分かる。

(それでなくても匂いと音で分かる)

早柴と今井さんは今度の日曜日の遊びの計画をたてていた。

きゃぁきゃぁ盛り上がって、うるさいったらないよ。

その上、はしゃぎすぎて、あたしの脇にかけている鞄を落とした。

今井さんは「やだ、この鞄、邪魔!」と悪態をついた。

そりゃ、あたしの鞄は本やらなにやらで分厚いけど、そういう言い方はないでしょう、

内心ムカムカしながらそれでも顔を上げずに我慢していたら、早柴の苦笑したような声が聞こえてきた。

「あぁ、だってすっげーパンパンだもん、その鞄。」

あたしの鞄の中身は、

読みかけの小説(ノルウェイの森上巻)、

シャガールの画集、

いちいち辞書を持って帰る性質なので英和辞典と和英辞典。

さらには友達に貸すバガボンド1〜4巻。

そのすべてが、何か、嫌悪すべきもののように思えてきた。

何でだろう、

悔しくて顔が上げられない。

パンパンでごめんね!アンタの知ったこっちゃないでしょ!

そう言えたら、どんなに楽だったか。すっきりしたことか。

うん、でも、

言えたとしてもすっきりしたか、どうか。

よくわかりません。







早柴のいいところはそのはっきりした性格にあって、それが早柴の悪いところでもある。

あたしの普段からの人間観察の賜物として、彼の言葉は本心ではあっても悪気がないことはとうの昔に知っている。

悪気が無いからいいってもんじゃない。

邪気が無いから人を傷つけないなんてことは無い。

現に彼の行動のいちいちがあたしを傷つける。嘲笑っている気がする。

あたしは、

早柴に認めて欲しかったのかもしれない。







「 斉藤さん、漢字テスト採点交換。」

あたしが気にしていることのいちいちを、彼は微塵も感じていない。5月も半分を過ぎるとそんな事が分かってきた。

「あぁ、うん。」

ためらいがちに交わされる半紙。

早柴の文字は汚くて、豪快で、へったくそで、あぁ、早柴の文字って感じ。

「 斉藤さん、字キレーだね。」

感心したように早柴は言って、あたしは彼の言葉にすこし、驚いた。

「え?ありがとう。」

そしてあたしの返した言葉にはミリグラムほど、うれしい気持ちが混ざっていた。

「早柴くんは字、汚いね。」

「うるせーよ。」

漢字テストは10 点満点で、あたしは8点、早柴は5点だった。

早柴のつけた点数の横にやけに劇画タッチなドラえもんが添えられていた。

「くだらねー。」

思わず呟くと、

「だべ?」

満足したように早柴は笑った。その笑顔につられてあたしもすこしだけ笑った。

それだけ。

その日以来、早柴は漢字テストのたびに微妙にピントのずれた絵を描いては渡した。

「 斉藤さんビジュツブじゃん。採点してよ。」

なんて、くだらないことを言って。

あたしは、早柴の漢字とは別に、そのくだらない絵をテストのたびに採点した。



隣の席になって20日、

あたしは早柴のことを前よりすこしだけ詳しくなる。

早柴のお弁当にはいつもホウレン草が入っているということ、
コーヒーはミルクと砂糖が入っていないと飲めないということ、

最近好きなのはオレンジレンジとモンゴル800

シャンプーは何てことない、お姉さんのものを使っていただけだった。

そしてあたしは、前よりすこしだけ、早柴のことを好きになる。

ほんの、すこしだけ。





3時間目の数学が自習になった。周りの子ががたがたと席を移動する中、早柴は眠たそうにプリントを解いていた。

てっきり今井さんのところか、クラスの仲のいい男子のところへ行くもんだと思っていたので、なんだか急に緊張した。

わたしの右肘がどきどきしている。ありえない。

これから来る梅雨が信じられないくらい、外は良く晴れていて、

「あー、どっか行きてー。」

隣の早柴は机につっぷして、見上げる形になって、

あたしにそう、言った。

「どっか行きたくなる天気だと思わん?今日、」

もう一回、そう、今度はあたしを通り越して、その青い空を瞳に映して。

早柴のきれいな髪が風に揺れていた。

微かに漂う青林檎と、これはクチナシの花の匂いだ。

「うん、行きたいね。」そう、言おうとしたときに、

「しんたろーぅ、」

聞き覚えのある声がして、視線を外すと、今井さんが早柴を手招きしているのが見えた。

早柴は、

「おー、」

と片手を挙げて行ってしまった。

今井さんの席は廊下側。そこからだと空はあんまり見えないよ。

風が、あなたの髪を揺らすこともないよ。

席を立つときに左手をあたしの机の上に載せていった。

ほんのすこしだけ、机が早柴の重みでぎし、と鳴った。

鳴ったのは机だったのだろうか。









4時間目は理科(生物)で、教科書を忘れた早柴は、

「見してー。」

と言って机をくっつけてきた。

あたしと、桜庭と、真ん中に教科書。

早柴の消しゴムは小さくて丸いのですぐ転がってしまい、苛々したのか、

「 斉藤さん、消しゴムもついでに貸して。こいつ俺のこと嫌ってるみたい。」と言ってきた。

あたしは「しょうがないねー。」なんて言って、
MONOの消しゴムを半分、定規で切って渡した。

「あげるよ。」

「うぉ!いいの?サンキュー。」

眠たげな教師の声と、教室を渡る風。

早柴は持参している小さな手鏡(プリクラが貼ってある。今井さんのと、あとうちの学校の子じゃない男の子たちと撮ったやつ)で、

廊下側の席にいる今井さんにいたずらをしていた。

教室の天井を泳ぐ魚のように、きらきら光は躍っていた。

「そんなことしてると先生に見つかるよ。」

あたしが言うと、

「そのスリルがたまらないんだって。」

と言った。

くだらない。早柴はくだらないことばかりしている。

あたしがしばらく真面目にしていると、

早柴は例によってまた机に突っ伏して、あたしを見上げる形になった。

(ノートを立ててついたて代わりにしているけれど、先生からは見えると思う。)

寝るのかな?そう思って見ていると、

「 斉藤さん知ってる?俺バスケやってんの。」

そんなことを言い出した。

早柴がバスケをやっていることは有名だったので(そしてそれがある種彼のブランドとなっていたので)

「うん。知ってるよ。」

正直にそう言った。

「ふーん、有名人じゃん、俺。」

なんだ、こいつ自覚なかったのか、呆れた。早柴は更に言葉を繋ぐ。

「でも俺サブメンバーなの、試合出してもらえねーの。」

さらさらさらさら、

零れてきそうな音がして、

いつもの青林檎の香りがした。

「自分の悪い部分は分かってんだけどねー、」

悔しそうに顔を歪めて、桜庭は言う。

「うまくいかねー。」

「好きだけじゃどうしようもないことばかりだもんね。」

あたしは言った。

早柴のとは、別の意味で。

「んー。」

「でも好きなんだもんねぇ。」

「そーなんだよねー。」

ほんと、世の中はうまくいかない。

何でもうまくいってそうな早柴。
あたしにないものをすべて持っている気がした早柴。

自信過剰で、無神経で、怖いものなんか何もないんだろうと、思っていた。

あたしは、そういう早柴がきらいで、だい、きらいで。

だって早柴はこの学校において無敵じゃん。

有名人だし、

お洒落だし、

彼女もいるし、何だか毎日華やかだし。

それでも、空には晴れと雨と曇りがあって、
気持ちのいい季節が過ぎたらうっとおしい梅雨が来る。

多分、あたしにも、早柴にも等しく晴れと、雨が来る。

「でも好きなんだもん、しょうがないよね、」「そうだよな」なんて会話をして、

5月は終わる。







一ヶ月たったのでまた席替えがあって、

あたしは前から3番目の廊下からも窓からもちょうど真ん中の席に、

早柴は廊下から2列目の一番後ろの席になった。

早柴の隣は男子の山下で、隣になった瞬間案の定、ゲ、という顔をしていた。

山下は桜庭が普段話す男の子たちとは違う雰囲気を持つ。

それでも前述の学校カースト制度ではだいたい中級ランクだ。

それでも早柴は、あたしのように学校の人間をそんな風に区分したりしないんだろう。

今はゲ、という顔をしていても、
一ヶ月後にはそれなりに言葉を交わす仲になっているんだろう。

あたしにそうしたように。





あの日、机をくっつけあって多分くだらないと言われそうなことを真剣に話していたあたしたち。

早柴は、あたしの理科の教科書にくだらない落書きをしつつ、

「俺、多分がんばるわ、」と決意をした。

「多分じゃねーだろ」心の中で突っ込みを入れた。

その突込みが通じたのか、「や、ぜってーレギュラー取ったる。」

決意をより、力強く具体的なものに変えた。

「うん、がんばれ、早柴。」

私は言って、

「 斉藤もがんばれ。」

早柴は言った。

お互いの「さん」「くん」が取れていることに気がつかなかった。

早柴が小指を立てたので、誓いのように絡ませた。









まったく、あたしはなにをがんばるんだか。









あの日早柴が理科の教科書のニューロンの図を、

今となってはかなり古い、ピクミンの頭の葉に変えた落書き(しかもまた劇画タッチ)を、

あたしがいまだ消せずに大事にとっているというのは、彼にはないしょの話。









とりあえず、雨ばかりの季節の次には、

青い、きれいな空を携えた夏が来る。










2003年5月5日 ソラトユキ






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