最終項.



あの日、らんくんは星に還った。
あたしに「愛してる」と言い残して。
何度も、何度もそう叫んで、テレポーテーションのようにらんくんの意識は一瞬で星に戻った。
あ、テレポーテーションとおんなじかもな。
何て言ったってエスパーだし。
地球外生命体だしね。
あたしはというと前と大して変わらない日々を送っている。
学校行って、時々コーさんとてっちゃんの焼き芋を食べたり、ゆうこ先生の手伝いに行ったり。
クラスのやつらは相変わらずだけど前ほど気にならなくなった。
自分に対していつも胸を張っていられれば、彼らの幼い言動も許してやろう、そう思えたのよ。
大人になったでしょ、あたし。
今でも時々屋上に行って世界を見下ろす。
あたしの住んでいるちいさな町。ちいさな学校、ちいさなクラス。
ちいさなあたし。
息を吸い込んで、瞼に光を当てて、風の音を聞くようにする。
何でかな、こうしてるとやけに悲しいのは、何でだろう。
もう前みたくあたしがいなくなったあとのことなんか考えないのに。
何でかな。
そのときより胸が痛い。
痛いよ、らんくん。
中庭に咲いた蒲公英みたいに明るい金を無意識に探してしまうの。
図書館に行くと「雪のひとひら」を借りてしまうの。読まないくせに。
だってあたしたちの思い出でしょう?
きらきらひかる、宝石みたいなあたしたちの思い出でしょう。
いつか、
いつかこの胸の痛みが優しさに変わるんだろうか。
らんくん。
ねぇ、らんくん。
 



 
君が愛したこの星は、もう冬景色だよ。
 




 
淋しいなんて思わない。
なかったことにはしたくない。
だからあたしはずっと、
ずっと、忘れないでいるから。
笑顔でいるから。
泣いたりなんか、しないから。
なんて、
嘘。
ほんとうは淋しくてたまらない。
ほんとうは悲しくてたまらない。
君に会いたいよ。
くだらないこと言って笑いあいたいよ。
一緒に焼き芋食べたいよ。
君のそばで、生きていきたかった。
 



 
そこは冷たい?暗いの?そこは、
どんなところ。




 
ミドリ、悲しいことなんてないんだ。
涙を流すことは、ないんだ。
君の瞳は俺の瞳。
君の見ているものすべて、俺は見えるよ。
だから、
俺の愛したこの星で、
生きて。
生きて、いてね。






 
祈るような、震えるような、
らんくんの星。
宇宙はそれはもうだだっ広くて、
あたし達の愛はチリのようにちっぽけで、
それはもうほんとうに、ちっぽけで。
らんくん、
それでも愛は宇宙を越えるよ。








それは、追憶。
陽だまりの中。せっけんの匂いのするかーさん。
お昼ごはんを食べ終えて幸せなあたし。
どこにでもあるようなありふれた幸福。
やわらかな風が入ってきてはあたしの髪を撫でた。うたうように。
「ねぇ、おかあさん、」
「なぁに?」
「みどりのお名前どうしてみどりっていうの。」
「どうしたの、突然。」
かーさんの洗い物の音がきもちいい。しゃぁしゃぁしゃぁ。
「・・・漢字、むつかしいんだもん。」
かーさんはきゅっと言う音を立てて水音をとめてあたしの方を見てにっこり笑った。
どうして忘れていたんだろう。
かーさんは言ったのに。
「生まれてきたとき、あなたの瞳、ほんとうに綺麗な緑色してたの。」
ほんとうに綺麗な、透き通るような色。
 




 
あたしはその瞳を知っていた。
 




 
君の瞳は俺の瞳。
 




あたしは青木碧。地球の色と同じ名前。
つまらない高校に通う、17歳と9ヶ月。
世の中に嫌いなものが多すぎた。
生きにくいことが多すぎた。
汚いこと、嫌なこと、辛いこと、悲しいことが多すぎた。
生きていくことは何て、痛い。
負けそうになって、嫌になって、泣きそうになって、
そういう時、
夜空を見上げてどこかにある星を探す。
焼き芋食べて元気を出す。
腹が減っては戦はナントカってね。
宇宙の片隅から聞こえる歌に耳を澄ます。
目を閉じて、瞼に月の光を当ててあげる。
1、2、3、で目をあけて、君の瞳で世界を見よう。
1、
2、
3!
世界は何も変わらない。
変わらない、けど、
あたしは生きる。
混沌と、憎しみと、絶望と、それでも愛に溢れたこの星で、
君が愛したこの星で、
生きていきたい、蒲公英のように笑って。
 
 
 
 
the end



ライナーノーツ。

生きていくことは、何て痛い。
楽しいことなんて、きっと来ない。
あたしがそう思っていたとき、あたしを救ってくれたものは、
あたしが愛していた、がらくたのようなものたちでした。
いちにちが終わるとき、夕闇の中で、お風呂とご飯の匂いの混じる空を仰ぐと、

この星の愛に押しつぶされそうになることがあります。
この星の愛は何て深くて、ひろい。
そう思って書きました。


2003年2月3日
そらとゆき