最終項.




覚えているのは雪の白さ、
君の白さ。
小さくて冷たい、
君のしろいからだ。
 







冬休み明けの学校は騒然としていた。
始業式。
体育館に向かう其の生徒の列に、
其処に在るべき君の姿を探して。
其処に在る筈の無い君の姿を探して。
俺は立ちすくむ。
学長が重々しい口を開き、
休みの間にこの世を去った一人の生徒の名前を告げる。
1分間の黙祷。
空白の時間。
俺は、
此処に居る意味を考える。









 
あの日、
年も押し迫った1229日。
俺は彼女と一緒にいた。
其の日、彼女はよく喋り、
よく笑い、
其れがひどく刹那的で。
動作の一つ一つが遺言のように鮮やかで、
ふたりを包む空気の色が哀しかった。
 






抱いたのは一度だけだった。
一度だけで、
其れからはまた前のような日々。
冬野が弁当を作って、
俺がコーヒーを淹れて。
ままごとさながらの。
でも、ふたりとも真剣で。
例えて言うなら其れは砂の城。
触れるとすぐに崩れてしまいそうになる。
壊れないように、
壊さないように、
俺たちは、ひたすら演じ続けた。
日常。
決して交わることの無い、俺と彼女のライン。
ふたりとも心の何処かで知っていて、
はじめから終わりを知っていて、
多分君は其れが哀しかった。
多分、其れがさみしかった。
 






あの日、
俺だけを残して、君は逝った。
何故、君だけ。
どうしてひとりで。
俺だけが生き残った。
白く、
小さい、
眠る君。
俺が溺れた瞳は閉じられたまま、
天国へ持っていってしまった。
君。
嘘だろう、
どうして俺だけを。
何も食べられなくてげっそり痩せた。
恋人が心配して何日も泊まってくれた。
学長から学期明けの解雇を命じられた。
すべてが、
遠く、どうでもいいこと。
どうして、
俺だけが生き残った。
 





「貴方の飲まれていた睡眠薬は致死量に満たなかった。」
病院の白いベットの上で、医師の一言。
 







「せんせい、いっしょにいこう?」
どこまで。
「きれいなところ。やさしい、いいにおいがする。」
どこだよ、
「そこではね、あたしとせんせいがずっと一緒にいられる。
笑っていられる。」
冬野、
「此処はさむいんだもん。あったかいところへ、」
「いこうよ。」
あたしとふたりで。
そうして手渡したぬるいビール。
口付けた君の肌。
紅い唇。
窓の外には、白い雪。
雪、
雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、雪、
すべては白く、閉ざされて。
 






ほんとうは未だ信じられなくて。
君に会えるような気がして、
黙祷を捧げる輪の中に冗談だよと笑っている君がいるような気がして。
祈るように、君を探した。
あの日のように。
 






「冬野。」
開け放した美術準備室の中に、
莫迦みたいに笑う君を探して。
赤いマグがそのままだよ。
机に描いた落書き消していけよ。
合鍵返せよ。
声が聞きたいよ。
 




もういちど抱きたいよ。
 





「せんせい、」
俺を呼ぶ其の声は遠く、
さみしいよ。
君が見ていた世界はこんなにさみしいものだった?
ごめん。
ひとりでいかせて、ごめん。
さみしいと、からだ全部で言っていたのにな。
気が付かなくてごめん。
莫迦な大人でごめんな。
冬野。
空のむこう。
痛いくらいに晴れた冬の空。
君の瞳によく似た、
透明な青。
溺れそうになる自分を支えた。
そらにかえったゆきうさぎ。
其の痛々しい青を瞼に落として、
俺は、
最後の言葉。

「せんせい、」

「せんせいを好きでいさせてくれてありがとう。」

君を失ってはじめて大きな声で泣いた。

「さいごに頷いてくれてありがとう。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【終】
 
 
 
 
 

後書. 
子どもと大人のはなしです。
何かを信じ続けるには、勇気と強さが必要だと思います。
思うところはいろいろあったんですが、
純愛を書きたかったんです。
ただ、其れだけです。
二〇〇三年二月某日
凍えるほど寒い夜、ソルティードックを飲んできた後。
空都雪