1.
あたしは、何のために
いきているのか。
 
世の中に嫌いなものが多すぎた。
生きにくいことが多すぎた。
何の希望も、
何の夢もなく、
あたしは、
あたし滅亡の日までのカウントダウンを作った。
現在、11月5日。
あたし滅亡の日まで4ヶ月と20日。
 
本が好きなわけじゃなかった。
図書館に行くのは苦痛な昼休みを其処でならひとりで過ごしても体裁が保てるから。
クラスの中では周知の事実なのに、
友達が居ないことをわざわざ公言しているように思えて、
周りの全てが笑って揶揄しているかのように思えて、
ひとりになれる場所をいつも、探していた。
図書館はそういうあたしみたいな子の溜まり場みたいになっていて、
でも其処で誰かとしゃべるというわけではなく、それぞれに本の世界に没頭している。
逃げているみたいに。
あたしはクラスの、ばかみたいに大きな声でしゃべる男子や、一日中男の噂をして騒いでいる女の子たちを嫌っていたけど、
図書館に来るいかにも苛められっ子のやつらもそれ以上に嫌いだった。
本の中にしか友達がいないやつら。
空想世界にしか拠りどころがないやつら。
あたしもそういうやつらと同じように見られているのかと思うとぞっとした。
嫌だ、嫌だ、
世の中は嫌いなものが多すぎる。
どうして世紀末に滅んでしまわなかったのだろう。
いつものようにカウンターに返却用の本を置くと妙に明るい色の金が目に飛び込んできた。
金というより、まるで蒲公英のように明るい黄色。
「へんきゃくですか?」
発音の幼さに微かな違和感を感じつつもあたしは、
「・・・はい。」
と返事をし、ちっとも読んでいない「斜陽」、「蟹工船」、「雪のひとひら」を差し出した。
黄色い頭が上がる。
あ、
男の子だ。しかもとてもかわいい顔をしている。
吸い込まれそうなほど、大きな目。抜けるように白い肌。
「むつかしい本読むんですねー。」
あたしのセレクトに彼は素直に驚いている。や、読んでないし。
「・・・・・・」
答えられずに黙っていると彼は何かを発見したらしく、「あっ」と小さな声で言い、
「俺これなら読んだことあります。泣いちゃいました。いい本です。」
と言った。
「雪のひとひら」だった。ポールギャリコの。読んでないんだけど。っていうか男が本読んで泣くなよなー。呆れたように見つめるとうれしそうににこにこと笑っていやがる。何、この子。あほの子?
でも、あまりにも其の顔がうれしそうでこういっちゃあ何だけど無垢で、ちょっとだけ癒された。ちょっとだけだけどね。
憂鬱な昼休みの間中その子の様子を観察して過ごした。彼は新しく入った図書館のバイトらしく、いつも難しい顔をして髪をひとつにまとめている司書のオネーサン(返却期限に恐ろしく厳しい)から「らんくん。」と呼ばれていた。
「らんくん。」
「らんくん」はどうみてもあたしより年下なのに中等科の生徒でも高等科の生徒でもないようだった。かといって大学生にはとても見えない。(うちは初等科から大学までエスカレーターの某有名私立学園)あんまり眺めていたらあるとき目が合ってしまった。「らんくん」はにこにこと手を振り、其の拍子に持っていた本数冊を床に落として図書館内の視線を一気に集めていた。オネーサンからは、「らんくん!」と怒られていた。恥ずかしいやつめ。
其の日の昼休みの終了時、あたしは再び「雪のひとひら」をカウンターに持っていった。
「らんくん」が不思議とうれしそうに見上げてきた。
「何か、気に入ったから。」
言い訳にそういうとうんうんとうなづいていた。(ほんとは読んでないんだけど、)
「いい本だもんね!!
ちいさくガッツ。やっぱあほの子かも。
だけど何となくあたたかなきもちになって、
「うん。」
と言った。
「らんくん」はすでに次の人の対応をしていて聞いちゃいなかっただろうけど。
それでもよかった。何となく。久しぶりにいいきもちになったから。
5限目、早速読んでみる。あー、つまんなそう。
遠くのほうで「暗ぇーよ、ばーか。」という声がしたけど、気にしない。
消しゴムのカスもとい塊みたいなのも飛んできたけど、気にしない。
あと4ヶ月と20日の辛抱だ、気にしない。
気にしない、
気にしない、
・・・気にしない。
どうしてあたしはここにいるんだろう。
何をしてこんなに嫌われているんだろう。
全存在を否定されているんだろう。
そんなに、
あたしを、
嫌いですか?
苛めなんてやってる事がガキくせ―んだよ。17歳だろ。もっと大人になれ!
他にやることあるだろ。暇人か?てめーら。
17歳は大人でもなんでもなくて、でも子どもでもなくて、そういうことを言ってるけど、
やっぱりあたしだってつらい。
ほんとうは、
声がばかみたいに大きいクラスの男の子を好きになって、1日中キャーキャー騒いでいたかった。
あたし以外のみんなみたいに。
ほんとうは、
そうなりたかった。
みんなと同じになりたかった。
5限目。ポールギャリコはちっとも頭に入ってこなかった。
 
6限目はサボろうと、屋上に向かった。ベタだけどサボるといったら屋上なのだ、いつの時代も。
屋上は一応鍵が掛かっているのだけど、ピッキングをマスターしたので怖くはない。
嘘。用務員さんと友達になって合鍵を貸してもらっている。用務員さんは気のいいじーさん。
孫があたしに似てるという。嘘くせー。でも鍵は必要なので、要求に応じて彼の世間話にも付き合ってあげる。
これぞギブアンドテイク。
がちゃ、
鈍い音を立てて開く扉。飛び込んでくる、青。
今はもう晩秋なので頬にあたる風が冷たい。いつもそうしているようにあたしはまず其処から世界を見下ろす。っていっても住んでる町程度だからたかが知れた世界だけど。そうして風を吸い来む。
泣いたら負けだと思っているから泣かない。
その代わりに4ヶ月と20日後のことを想像する。
あたしの消滅した世界。
自分自身のお葬式。
誰も泣かない、誰も悲しまない、形だけのお葬式。
そして、
世界は何も変わらない。
あたしがいても、いなくても、
世界は何も変わらない。
其処まで考えて、自嘲気味に笑って、目を伏せて、瞼に光を当ててやる。
1、2、3で目を開けて、この世界が変わっていることを願って、
1、
2、
3!
飛び込んできたのはあの明るい黄。午後の光に踊り揺れる黄色い頭。「らんくん」だ。
「らんくん」はちょうど中庭でお弁当を食べていた。(なぜ今頃)
何となく気が付いて欲しくて念を送ってみた。
気が付けー、気が付けー、
ってな具合に。そうしたら本当に顔を上げて目があった(と思う。何しろ屋上から中庭だからわかんない)「らんくん」は何やらジェスチャーをしきりにしていて其の解読を必死にしていたら思い立ったように走り出して、気が付くと後ろに立っていた。
「すっげー。ここ一回来てみたかったんだー。」
子どもみたいにはしゃいでいる。
「らんくん・・・」
あたしは言う。
「ん?」
「なんでここに?」
っていうか速いんですけど、速すぎるんですけど、思い立ってからここまで、展開も早いんですけど、
「何でって、」
「速いし、」
「あぁ、」
呆気にとられているあたしに向かっての一言。
「テレポーテーション?」
なぜ語尾が上がるよ。
けど、にこにこと無邪気に笑っているらんくんをみていたらそんなこともうどうでもよくなっていた。なので、
「そっか。」
とだけ言った。
「ところで、どうして俺の名前知ってるの?」
らんくんは冷静になるともっともな質問をかましてきた。
「あ、えーっと、司書のオネーサンがそう呼んでるの聞いたから。違った?
らんくんはかぶりを振って、
「ちがわないよ。」
と言い、「俺、(くすのき)(らん)。」と自己紹介した。何か漢字だと中華料理屋みたいだ。
「あたしは、」
言いかけてらんくんが制する。
「知ってるよ。ミドリでしょ。青木碧(あおきみどり)。」
あたしも人のこと言えない漢字なんだけど、それよりらんくんがあたしのことしってることにびっくりして、
「何で知ってるの?名前。」
ととんちんかんな倒置法で聞いてしまった。
「さぁ・・・エスパーだから?」
だから語尾上げるなよ。相当変かも、この子。
でも、
エスパーでも何でもこの際陰陽師でもいいとして、
そういえばあたし、自己紹介なんて何年ぶりだろう。
事務的以外に人と話したのも久しぶりかもしれないなんて変な感慨にふけってしまった。
「ミドリ!」
ひときわ大きな声で、
「やっと会えたね。」
「俺たち、」
「やっと会えたね。」
何言ってんだ、こいつ、やっぱあほかも。うん、そうだ、あほ決定。
心の中ではそう思っているのに何故か、そうしなくちゃいけなかったみたいにあたしは、
「うん。」
そう、答えていた。
変かもしれないけど、
らんくんはこうしてあたしと出会ったんだ。
 








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