果たせない約束は痛みを通り越していっそ綺麗な気がする。

 

凶暴なまでに純度の高い、透明な色をした、鉱石のように、

 

いつでもポケットから取り出して、君に見せてあげる。

 

ほら、

 

世界はこんなにきれいだろう。

 

 

第2話 












「シチリア島。」

「マフィアの島。」

「じゃぁ、プーケット。」

「タイに行きタイ。なんてな。」

「ゆうた、くだらない。」

春の夕暮れがたっぷり満ちた なるの病室。

すっかり第二のおれの部屋と化したこの病室は、いまやおれの物となるの物が半々の割合で混在している。

でもこのミニチュアサイズの地球儀はなるに頼まれておれが買ってきました。

なるとおれの歴史の証人。はじめての共同作業っていうのは大げさか。

俺たちふたりの間でこの地球儀をくるくるまわしながら行きたい場所を言い合うのが最近のブーム。

『なるが元気になったら、』

このテーマで、ふたりでいっしょに行ける場所を。

「きれいなところに行きたいね。あと、私海が見たい。いちども見たことないし。」

なるは言った。

「じゃぁ、行こうよ。ここからだとお台場もあるし、足を伸ばせば鎌倉や湘南も行けるじゃん。帰りに中華食ってく?」

おれの言葉になるは「そうだね。」と目だけで笑って言った。

なるが都内近郊はおろか、病院の周辺すらもよっぽどの事がない限り外出できないと知ったのはその話の後。

なるのおばさんからだった。

「裕太君、成実とお友達になってくれてありがとう。」

開口一番におばさんはそう言った。

俺たちは病院の地下にある安っぽい院内食堂にいた。

メシを奢ってくれるというのでほいほい付いていったけど、これはちょっとただならぬ雰囲気かもしれない。

おれは箸をおいて顔を上げた。

「でもね、もう病院に来ないで欲しいの。」

「え、」

飲み込んだハンバーグが鉛のように感じた。

「どういうことですか?」

おばさんはすっかり冷めてしまったコーヒーを一瞥すると、なるの病気について話し出した。

なるの病気、

それは確実に死に至る病。

 

 

 

「半端なきもちであの子に関わるのならもうやめて欲しいの。きっと誰もが傷つく結果になると思うから。」

おばさんの言葉がぐるぐる回っている。

くそー。わけわかんねーよ。

おれはぐちゃぐちゃしたきもちをぶつけたくて、カズヤとシンジを呼び出した。

「カラオケ行こーぜ!!」

おれのとっぴな提案にしぶしぶ(でも必ず)付き合ってくれるこいつらはなんていいやつなんだ!!

電話をかけたのは夜の8時を過ぎていたのに、ふたりは電車を乗り継いで新宿まで来てくれた。(カズヤなんか一時間もかかったと言っていた)

「いきなり何だよ裕太!」

「こんな時間に人を呼び出そうと思える裕太もある意味凄いよね。」

到着するなりふたりはそんなことを言ったけど、

言葉のうらに「どうしたの」という共通のきもちが隠されていることをおれは知っている。

「わはは!いいじゃん。今日はおれが奢るから、焼肉食って、喉が枯れるまで歌おうぜ!」

ぱーっとさぁ!

半ばやけっぱちのおれに、

カズヤはぶつくさ文句を言い、(これだから夜の早いお子様は!)シンジは「奢ってくれるんなら」ともっともなことを言った。

焼き肉屋でカズヤがトイレに立ったときにシンジは言った。

「何があったのか言いなよ。裕太。カズヤなんか聞きたいのに聞けなくて見ているこっちが苛々する。」

「ほんと、あいつはヘタレだからなー。」

笑って誤魔化そうとするおれをシンジは厳しい声で制した。

「ヘタレだけど友達の悩みに気付かないほどばかじゃないでしょ、カズヤは。見る?」

シンジが見せてくれたメールには、

『裕太なんかあったのかな。俺どうしたらいいんだろう。シンジ、何か聞いてる?』

とあった。差出人は言わずもがなカズヤ。

「裕太、」

今度はすこし優しい声で、

「つらいときに側にいてあげられないなら友達ということばに価値はない、そう思ってるよ。カズヤも、俺も。」

泣きそうだった。

泣きそうだったけど、その涙を飲み込んで、おれは笑った。

無理をしてでも笑わないと、この現実に押しつぶされそうだった。

 

 

 

なるが、死んでしまう。

 

 

 

シンジはため息をついて、自嘲気味に笑った。

「ばかだね。裕太は。」

シンジの言葉に笑いながら泣いていることにはじめて気がついた。

ばかだ。おれは。

なにも知らなかった。

何も知らないで、

傷つけて、

 

「それでも、なるに会いたいって思ってしまう。そんなおれはばかだろうか?」

誰も歌わない歌の流れるカラオケボックス。

おれの言葉にカズヤとシンジはふたりして笑った。

「恋を知って、愛に生きるんだろ、裕太。」

だからハモんなって!

 

 

 

 

そう言えば、なるが行きたいという場所にはいつも海があった。

海があって、綺麗で、いいにおいがしそうな、いつも花が咲いているような、

そんなところ。

なるは病院の固いベットの上で、そんな夢を見ていたんだ。

 

 

 

なるに会いに行こう。

会いたくないと言われたらそれはそのとき考えよう。

(できればそう言われないことを祈る)

猫の一念岩をも通す、おれは猫じゃないけど、むしろ仔犬に近いってよく言われるけど、

漆畑裕太の一念は岩をも通すぜ。

 

 

 

おばさんにみつからないように、こっそり会いに行くとなるはうれしそうな顔をした。

よかった。

「最近ゆうたぜんぜん来ないんだもん。どうしたの?」

なるは言った。

「ゆうたが来ない間にゆうたのこと歌ったような歌みつけたよ。」

近づいて抱きしめたい衝動に駆られる。

「どんな歌?」

「えーっとね、なんか適当に嘘ついてその場を切り抜けて大雨が降ってもげらげらわらっちゃうような、そんな歌だった。」

「何だよ、それ。」

「ね?ゆうたみたいでしょう。」

「おれ、嘘は苦手だよ。」

そう言っておれはなるの白い布団に顔をうずめた。

なるがいいこいいこをするようにおれのくしゃくしゃの頭をなでる。

「どうしたの、ゆうた。」

 

だいじょうぶだよ?

私は、

大丈夫。

ずっと分かっていたことだもの。

ただそのことであなたが流す涙が、私には悲しい。

 

あぁ、なるは何もかも分かっている。

 

流れた涙はそのままにして、顔を上げてはじめてのキスを、君にした。

「しょっぱいね。」

なるが言って、

「海の味だよ。」

おれは言った。

 

 

 

例えば今おれの前にドラえもんが現れて、

タイムマシーンであの日、あの時間に戻してあげると言われたとしても、

やっぱりおれは君に恋をしたと思うよ。

実際ありえないけど、

運命ってそういうもんだろう。

つまりおれが言いたいのは、なる、

君と出会えてよかった。

 

 




 

 

 




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