やわらかな棘




ひーさんから鍋のお誘いがあったので、駅の近くにある西友に材料を買いに行った。「食材は何か適当にあるから気にすんな」と言っていたけれど、ひーさんの言葉は当てにならない。以前、天ぷらをする時に何も持たずに行ったら、いもと玉葱しかなかったことがあった。いもばかりの天ぷらをあんなに食べたのは人生ではじめてかもしれない、というくらい食べた。ちなみに塩で。私は天つゆより塩派。しかも岩塩。

 そんなわけであっても困らないような食材を買いに行く。葉物や、糸こんにゃくとか。ついでに鳥鍋らしいので、鶏肉も買う。けっこう安いんだな、と思いながらカートに入れる。私は料理はあんまりしない。自分ひとりのためにする料理が苦手。こーじくんには、彼女らしくいそいそといろんなもの(から揚げとか筑前煮とか稲荷寿司とか)を作ったりしたけれど、無理があった。そもそも、好きでもないことをしようとするあたり、無理があったのだ。そのときはそんな風には思わなかったけれど。

 ある程度いっぱいになったので、お会計をした。3000円くらいになった。レジのお兄さんの指をじっと見つめてしまう。かさかさと乾いたような指で爪の先がすこし黒かった。こーじくんを好きになって、そして別れても、私は男の人の爪を見てしまう。変な癖が付いてしまった。爪で全体が判断できれば良いのに、なんて不毛なことを考えていた。

 ひーさんの家は神社の近くにある。境内を通っていった方が近道なので、スーパーの袋を持ったまま通った。一応、5円玉を入れてお参りもしておいた。手を合わせるときに袋ががさがさと鳴った。そして少し重かった。願い事はたくさんありすぎて、5円くらいじゃ神様も叶えてられないと思うけど、とりあえず、仕事のことを熱心にお願いしておいた。現実問題、食べていけなくなってしまう。

 ひーさんの家にいくとアキちゃんが準備万端で待っていた。ひーさんはまだ仕事らしい。私は「お土産〜」と食材を渡した。アキちゃんは「気を使わなくて良いのに!仕事辞めたんでしょう?」と無自覚に痛いことを言ってきた。アキちゃんは天然攻め。私はえへへ、と笑って誤魔化した。

「今日はひとしくんとふきちゃんと私だけなのよ!せっかく沢山用意したのに!」

ちゃぶ台にカセットコンロを用意しながら、アキちゃんが言った。アキちゃんはひーさんのことを『ひとしくん』と呼ぶ。

「え?何で?太郎ちゃんは?」

「彼女と約束があるみたいよ」

「あー、」

これだから彼女持ちは!私は太郎ちゃんが来ないことに少しがっかりした。がっかりしたけれど、何となく悪いような気持ちになって、

「じゃあ、やつの分まで私が食べよう!」

と張り切った。

アキちゃんは笑って「そうして」と言っていた。

そうか、太郎ちゃん来ないのか・・・夫婦の間に私を置き去りにするのか・・・別れたばっかりなので、どうも考え方がひがみっぽくなってしまう。いかん、いかんと思いなおす。

お出汁から本格的に作っていたらひーさんが「やってるか〜」と帰ってきた。冷たいビールも買ってきてくれた。私とアキちゃんは鍋にはワインだ!と騒いでワインしか用意していなかったので、ひーさんのビールがものすごくうれしかった。やっぱり最初はビールだ。3人でわいわい言いながらお鍋を突っつきあった。まだ、鍋の季節には早いような気がしたけれど、大勢で食べるときはやっぱり鍋はいい。大勢でもないけど。

「太郎ちゃんも来れば良かったのにね」

アキちゃんが言って私は頷いた。

「でも、彼女も大事だし・・・」

思ってもいないようなことを言っていい子ぶってしまった。

「いいじゃん!あいつには後で俺が自慢しておく」

だから食え、と言ってひーさんがお椀に沢山鶏肉をよそってくれた。

「お前葱も食えよ!頭良くして早く仕事見つけろ」

お葱と鶏肉に七味をたっぷりかけて私はうん、うんと頷きながらそれを食べた。沢山食べて、力をつけて、ひーさんの言うとおり早く仕事を見つけよう、そんなことを思っていた。