ねぎま1本分の思い込み




期間限定のアルバイトを始めてみた。この間のような、単発のやつじゃなくて、今月いっぱいという期間が決められている、イベントの販売員だ。イベントなのでけっこう人が来て忙しいけれど、期間が決められているのでがんばることができる。作業は簡単だし、あくせく働いているうちにいちにちが終わるのも良かった。何だか時間稼ぎをしているような気もするけれど、しょうがない。今はそういう時期なのだと思う。足掻いたり、無駄なことをしたり、くたくたになるまで身体を動かしたりして、頭を使って考えないようにする時期。思ったより失恋は痛い。

アルバイトを始めたことをみんなにも告げたけれど、反応はさまざま。

ひーさん→「何やってんだ、お前」

アキちゃん→「生活していくためにはしょうがないけど、早く決まった職が見つかるといいね」

太郎ちゃん→「ハローワーク行けよ〜。就職しろ〜」

まぁ、大体同じようなことをそれぞれの言葉で言っているだけなんだけれど。

 自分でも、何をやってるんだか、と突っ込みたくなるけれど、きちんと働く気がしないんだからしょうがない。毎日よく同じ時間に起きて、同じ場所に行って、同じような仕事をこなしていたなと思う。それを、同じ電車に乗り合わせたほとんどの人が行っているのだから良く考えると凄い。

 新鮮なことといえば毎日の通勤に地下鉄を使うこと。空の見えない窓は、晴れているのか曇っているのか、はたまた雨なのか分からず今の私みたいだと思う。あの恋だけがすべてじゃなかったはずなのに、それ以前の生活が思い出せない。昨日の夜、何を食べたかも思い出せない・・・。私、けっこうヤバイかもしれない・・・。

 ぼんやりしているつもりではなかったけれど、どこか緊張感が足りなかったのかもしれない。ミスをしてしまった。けっこう、誰でもやってしまうような単純なミスなのだけど、こういうときのミスは意外と堪える。罰として、めんどくさい検品をボランティアですることで許してもらった。

いそいそと一人残って検品をしていると、一緒の時期に入った裏方スタッフの男の子が暇だから、と手伝ってくれた。たしか米山くんとか、そういう名前の子だったと思う。ずいぶん若い。何て言ったって私服が若い。

「私のミスだからいいよ。チーフに見つかったら怒られるかも」

相手するのが面倒なのと、本当に申し訳ないのとでそう言うと、「それなら見つかる前に済ませて、焼き鳥食いに行きましょうよ!ねぎま1本でチャラっす」と彼は言った。いい加減検品にも飽きていたし、ここで意地を張っても良いことはないような気がしたので彼の案に甘えることにした。ねぎま1本とは安いボランティアだ。私たちはちゃっちゃと検品を済ませ、適当な焼き鳥屋に入った。この間から、こういうものばかり食べているなぁ、そしてこういうものの方が落ち着くなぁ、と思いながらごくごくビールを飲んでいると、米山くんが「何か誰かとメシ食うのっていいっすよね」としみじみ言った。

「そうだね。一人暮らしだとなおさらね。あれ?米山くん一人暮らしなの?学生さんだっけ?」

「一度に沢山聞きますね。今は一人で大学の4年っすね」

「今は」という点がやけに引っかかる言い方をしたけれど、面倒なので流すことにした。気が付かない振りはいつの間にか得意になってしまったことだ。

「そうなんだ。やっぱり若いんだね。就活とかいいの?」

「あ、一応就職は決まってるんっすよ。地元なんですけどね」

若い子ならではの食欲で、もりもり食べながら米山くんは笑った。食べながらカシスオレンジを追加していた。甘いお酒と焼き鳥(しかも米山くんはタレ!)なんて組み合わせでよく食事が進むなぁ、これが若さかなぁ、なんてとんちんかんなことを考えている間にも話は進み、いつの間にか恋愛トークになっていた。油断していると話はすぐこのテの物に転がる。

「ふきさんって、彼氏とかいないんですか?」

「うん。いないよ」

「えー!もったいねぇ!俺もいないんっすよ!この間別れたばっか!」

(聞いてないよ)という言葉を飲み込みつつ、似たような話ばかり聞くなぁ、と心の中で苦笑い。

「そうなんだ・・・何で?」

(しまった。聞いてもしょうがないこと聞いてしまった・・・でも、聞いて欲しそうな顔するんだもん)

「何て言うか相手の我侭に付いていけなくなって!最初はそこがかわいいと思っていたんっすけどねー」

「へぇ・・・」

「やっぱ年下は疲れるわ。俺甘えたい派だもん」

「あはは・・・」

「ふきさん、癒してくださいよ〜」

「・・・」

どう反応しようか迷っているときに携帯が鳴った。着信は元祖似たような話の太郎ちゃんだった。「ちょっとごめん」と断って電話に出る。

「お疲れ。何?どうしたの?」

「おー!お疲れ!何、お前、今どこにいんの?外?」

「うん。バイト先の近くにいるよ」

「あ、そうなの?食事まだなら今みんなとメシ食ってるから誘おうと思ったんだけど」

「え!行く!すぐ行く!待ってて!」

渡りに舟ってこのことだ、と思い太郎ちゃんの案にのっかる。話している間米山くんが訝しそうな顔でこちらを見ているのが分かった。

「ごめん。友だちから呼び出されちゃった。これで足りなかったら明日言って」

我ながらひどいことを言うなぁ、と思いつつすぐさまこの状況から逃げ出したいことに気が付いていた。「待ってよ、」と言う米山くんに「ごめん」ときっぱり断る。

「じゃあ、また今度メシ食いましょう」

食い下がるな。でもしょうがない。私は笑ってあいまいに頷くと焼き鳥屋を後にした。

 けっこうみんなは近くにいたようだったので、すぐに合流できた。相変わらずくつろいだ雰囲気で、飲み食いを楽しんでいる。私が到着すると、店員さんに生ビールを頼んでくれた。ついでにみんなも生ビールや焼酎を追加注文している。

「カシスオレンジじゃないねぇ」

と呟くと、全員が?という顔をした。当たり前だ。

「好きな人たちとごはんを食べるって大事なことだね」

色んな思いを含めてそう言うと「何当たり前のこと言ってんだ」とひーさんに突っ込まれた。大事なことはいつも当たり前のことだったりするもんだ。とりあえず、生ビールがおいしい。