4.11月のらいおん


じーはらいおんみたいだと思う。なので、本人に伝えてみた。

「じーはらいおんみたいだね。」

「え?どのへんが?」

「どのへんって言われても、困るなぁ。ぜんぶ?」

じーはパーマがかった金髪のことだと思ったらしく(それも鬣に見えなくもないけど)私の話を聞いてますます調子に乗った。

「まじで?何か格好良いね!らいおんって!百獣の王じゃん。」

勘違いしている。明らかに。

「さきちゃんと私の好きなお話に、みどり色のらいおんの話があってね、手品が得意でやさしいらいおんなの。らいおんみどり。それに似てる。」

「まさか、お昼に小堺一機の横にいるやつじゃないよね?」

「ちがうよ。」

「良かった…。」

「お話って言ったじゃん。」

「うん。でも、俺手品とか出来ないよ。手先不器用だし…。」

「知ってるよ。イメージだよ。イメージ。」

じーは自分と私のらいおんのイメージがイコールじゃないことにちょっとしょげているようだった。やさしいらいおんの方が格好良いと思うのに、「どうせなら豹とか虎とかさ…」とぶつくさ言っていた。男の子は格好付けだなぁ。

でも、本当にじーはらいおんみたいだ。金の鬣、乾いて広い背中、いつもお日様の匂いのする胸、ときどき鋭く強く光る瞳。

私たちの知っているじー。

 

私のらいおんという形容について、さきちゃんとじーが話すこともあった。たいてい団欒のあとで、私がウトウトしている時。

ふたりは、私が眠っているものだと思ってひそひそ声で話す。かわいい光景だ。じゃましないように目を瞑る。

何だか、包まれている気持ちになる。

さきちゃんのボディクリームの桃の匂い。コーヒーの香ばしい匂い。

「みゃあが俺のこと、らいおんみたいって言ってたよ。」

「あ、それ私にも言ってた。そして私もそう思う。」

「本当?さゆきちゃんもやさしいらいおんの方?」

「そうだね。でもギター弾いてる時は百獣の王の方だよ。」

「やったね!」

「うん。格好良いよ、つむじくん。」

「あんまり言わないで。照れるから。」

「割と押しに弱いのね。」

「褒められなれてないの。男親に育てられたから。」

「なら、うんと褒めてあげよう。今までのつむじくんの分も。」

「さゆきちゃん、俺を泣かせたいの?」

そんなことをひそひそと話すふたりは恋人同士のようだった。さきちゃんがじーの頭をよしよし、って撫でてシャンプーの香りがふわんとした。じーは大きな子どもみたい。らいおんが聞いて呆れるよ。

それでも、さきちゃんの前でかわいくなるじーを、私は好きだった。

格好良くて、何でもできる(私にはそう見えた)じーも素敵だけど、その時より、うんとやさしい顔をしているから。

「コーヒーもっと飲む?」さきちゃんが聞いて、「飲む。」とじーが答えている。

目を瞑ったまま、「私、ココアー。」と言うと、「起きてたのかよ?!」とふたりから突っ込まれた。

 

 

私は11月という月が嫌いだ。

何か中途半端な気がしてどうも好きになれない。楽しいイベントもないし、秋でも冬でもない感じがどうも好きになれない。

庭の落ち葉を集めながら、じーとそんな話をしていた。土曜の昼下がり。

庭の落ち葉がものすごいので、集めたらやきいもができるかも、というじーのくだらない提案により始まった。

昨日、夜の仕事だったさきちゃんは、まだパジャマのままごろごろしているらしく、起きてこない。

落ち葉は雪のように降り、集めても集めてもまだ落ちてくる気がした。

「楓、クヌギ、銀杏、紅葉、コナラ…すげぇ。こんなにあるよ。」

「ねぇ、じー!聞いてる?」

「聞いてるよ。11月の話でしょう。」

「うん。」

「11月って俺けっこう好きだけどな。」

「えー?そう?」

「うん。淋しい感じのするところが。」

「だから嫌。」

「だから好き。」

変な奴、と思った。そう言えばさきちゃんもそんなところがある。

淋しいもの好き。

私は絵本でも、お話でも明るくてハッピーなものを好むけど、さきちゃんはちょっと淋しい感じのものを好きだ、と言うことが多い。

『泣いた赤オニ』とか『赤い蝋燭と人魚』とか『おにたのぼうし』とか。

そう言うと、じーは「あぁ、分かる。」と言った。

「何か俺とさゆきちゃんの生きてきた環境とか、世界の色とか似てる気するもん。ふたりして淋しがりやだし、意地っぱりだし。」

確かに。

「そうかもしれない。」

「ね?それに、はじめて会った時にはわからなかったけど、さゆきちゃんからは信号が出てる。」

「信号?」

「うん。電波とも言うな。」

「どんな?」

「…私はここにいる、」

 

思えば、誰もがその信号を発しているのかもしれなかった。受け止めてくれる誰か、広い宇宙の中でたった一人の誰かに向かって。

さきちゃんの信号を受け取ったのはじーなんだろうか。

そしてじーの信号を受け取るのは、どこかにいるという、じーの弟なんだろうか。

私の信号を受け取ってくれる人も、この広い世界のどこかにいるんだろうか。

そんなことを考えていると、おなかがぐーと鳴った。

「いも、焼こうか?」

じーがげらげら笑いながら言う。

むかつくな!ちょっと真剣に考えていたのに。多分、人生とか運命とか、そういうことについて。

でも、あんまりじーが笑うので、そんなことはどうでもよくなって、私も笑った。

考えることよりも笑うことの方がうんと簡単で楽しい。私にとってはまだ。

「焼ける前におなかが空き過ぎて死んじゃうよ!さきちゃんを起こして何か作ってもらおうよ。」

私が言うと、「いいね。」とじーが笑った。

ふたりでさきちゃんの寝ている部屋に奇襲をかけた。

さきちゃんが最高にブスな寝起きの顔をしていた。その顔を見てまたげらげら笑った。

窓の外では赤や黄色の葉っぱがじゃんじゃん威勢良く降っていた。青い空に、銀杏の黄色が映える。黄色と青のコントラストはいつみても見事で、この先、この色の組み合わせを見るたびにこの日のことを思い出すのだろうと思った。

やさしくて、あたたかい、見るとじんとするような熱を持つ、私とさきちゃんとじーの11月の思い出。