道草をせずに歩きなさい。 狼に見つかったら食べられてしまうから。 おばあちゃんの家までの道のりを、 道草をせずに歩きなさい。 第2話 シェルター 金木犀の香る満月の夜、 ・・・ということは彼はひとさらいということになるのかな? そんなことをぼんやりと考えていた。 僕は少しだけ「ママ」のことを思い出す。 「ママ」の腕の中も温かかった。 「ママ」の温度。煙の匂い。 男は「三日月亭」と書かれた看板のぶら下がる店の中まで 店の中は薄暗く、(どうやら閉店後だったらしい) 木製の椅子と机が何組か置かれていた。 「うわぁ、くらいねぇ。」 例によってそらはのんきな感想を述べている。 「灯りつけてやるよ、」 男は言ったけど、そらはそんな彼の動きを制止して、 「このまんまでいいよ。キャンドルだけつけよう。」 そう、言った。 この時、僕らはまだ灯りに慣れていなかった。 見つからないように、ひっそりと、闇夜に紛れて生きてきた僕ら。 陽の光よりも月明かりと友達だった。 「そうか?別にいいけど。」 男はそう言って何本かのキャンドルに火を灯した。 ぼうっと周囲が浮かび上がってくる。 「ひみつきちみたい。」 そらがわくわくしながら言った。 「適当に座んな。」 男が促したので、僕は男の腕から降りて、 そらは向かいに座った。 「閉めた後だからろくなもんねぇけど・・・」 男はそう呟いてフライパンを持ち出してきた。 辺りにいい匂いが立ち込める。 ぐー。僕ら2人のお腹がまた鳴った。そんな僕らに男は、 「焦んなって。」 と言って笑った。 キッチンの青い炎に彩られた男の笑顔はびっくりするほど優しくて、 旅に出て、初めて心からよかったと思った。 「ほら。火傷しないで食えよ。」 男が出してくれたのは透き通ったコンソメスープ、 そして、今日の月とおんなじ色した 「わー。おいしそう。いただきまーす。」 ・・・頂きます。 腹ペコだった僕らはあっという間に其れらをたいらげた。 「あーおいしかったー。ごちそーさまー。」 ご馳走様でした。 「お粗末サマ。」 男は僕ら二人の様子に満足そうに微笑んだ。 「さて。ジャン、いこーか。」 そらが立ち上がって僕を促す。 うん、そうだね。 僕は答えた。長居はできない。 そんな僕たちの様子を見て男は少し驚いたように、 「行くって、何処へ?」 と聞いた。 「どこへ・・・?そらたちどこいくんだっけ?ジャン。」 そらが不思議そうに聞く。 何処でもないところ。 僕ら2人が居てもいい場所。 あいつが追ってこない場所。 そんなところ。 そんなところなら何処だって構わない。 「そらたちをだれもおこったりしないところ、 そらたちがいてもだれもないたり、しんだりしないところだよ。」 そうだ、僕らは居場所を求めて旅に出た。 そして、此処に辿り着いた。 「それなら此処に居ればいい。」 男は言った。 「行くとこないなら此処に居な。 あんたたち2人増えたところで別に困ることなんかありゃしねぇしよ。 どうせ俺一人じゃ店もまわせなくなってたところだ。」 此処に居な。 男は、もう一度お願いするようにそう言った。 「いいの?」 珍しく小さな、消えそうな声でそらが言った。 いいの?ここにいていいの? おこったりしない?ないたりしない? しんじゃったりしない? 口には出さなくても、そらがそう言っているのが分かった。 「いいよ。」 男が包み込むようにそう言ったとき、 そらは初めてうれしくて泣いた。 「ありがとう。」 僕たちがこの世界ではじめて手にしたもの、 其れは路地裏の小さなカフェ。 「三日月亭」という名の其のカフェと、 「クロ」と名乗ったひとさらいではない男。 そして、一握りほどの信頼と自由だった。 道なき道を彷徨って、 僕らが見つけた 秘密基地。 狼に見つからないように、 僕らを隠す、 秘密基地。 だから今夜は手を繋ぎ、 毛布に包まり眠りましょう。 目が覚めても消えぬように、 祈りを込めて、眠りましょう。 僕らを此処に連れてきた、 ひとさらいに感謝して、 優しい眠りを貪ろう。 此処は僕らの秘密基地。 Back Next |