君に会えた。 其れだけで、 僕の人生は最高のものとなったよ。 第8話 ラバーソウル 僕は走った。 暗い夜道を。 背中に重たい雨を受け、僕は走った。 雨のせいでうまく前が見えない。 雨のせいじゃない。 うまく前が見えたことなんて今まで一度だってなかった。 それでも、 手探りで、傷つきながらも 僕らは走ってきたんだ、ずっと。 走りながらいろんなことを考えた。 「ママ」のこと、 「ボス」のこと、 「蜜蜂」のこと、 ハツマさんのこと。 涙が溢れてきたけど気にしない。 今まで君のそばに居ることしかできなかったけど、 僕は、君を、 助けたいよ。 そら。 「三日月亭」のドアを開け、 其処に居るクロに向かって叫ぶ。 お願い、力を貸して。 クロは弾かれたように振り向いて、 びしょぬれの僕を見て、 生まれたばかりの赤ん坊のように叫ぶ僕を見て、 そして、 立ち上がった。 視界の端で捉えた鈍く光る色の銀。 僕は其れを銜えて、 クロを案内するように、 ソラのもとへ走った。 「何にも怖がらなくていいよ、ってヒソカは言ったの。」 ソラ、 「あたしを施設から連れて行くとき、 銀色の車に乗り込む前に、あたしに向かって笑って言ったの。」 ソラ 「でもね、ジャン。其のときあたしはもうっとくに怖かったんだよ。」 こわかったよ、ジャン。 何処でも一人ぼっちだったソラ。 気味悪がられて、 邪魔者扱いされて、 施設から精神科医のもとへ養子に出されたときは皆がほっとした。 いい子にしなさい、そうじゃないと捨てられるから。 園長先生はそう言って君を送り出した。 よかったわね、ソラ。 お医者様なら安心ね。 厄介者払いできた安堵で皆口々に言う。 ヨカッタアノコガイナクナッテ。 ホントウニキミガワルカッタモノ。 あたしは魔物なのね。 生まれてから君は一度だって人間として扱って貰えなかった。 魔物、 そう思うしかなかった。 いつだって一人でやっていくしかなかった。 そう、 君には居場所がなかったんだよね。 ソラ。 ソラ!! 扉を開けるとお仕置きの最中だった。 一糸纏わぬ姿で、ベットに張り付いているかのような、ソラ。 「何ですカ?君は?」 楽しみを中断されたヒソカは苦痛に顔を歪めて言う。 「ソラを離せよ、ゲス野郎。」 クロの声は震えていた。 激しい、怒りの炎が燃えていた。 「君はソラのお友達?」 嘲るようにヒソカが言う。薄ら笑みを浮かべている。 「来ないほうがいいよ、クロ。」 ソラの声はヒソカの拳によって続かない。 「・・・ってめぇ!!」 今にも襲い掛かりそうな勢いのクロをヒソカは両手を挙げて牽制した。 「まぁまぁ、話し合いをしましょうヨ。 コレは君が救う価値が有る程のモノかってことをネ。」 ヒソカはベットに腰を下ろし、煙草に火をつけた。 頭の痛くなるような、匂い。 「多重人格障害ってご存知かな? この子は其れなんデス。 そして僕は精神科医であり、この子の後見人だ。 例え君が頭のイかれたガキにのぼせ上がったとして、 この事実の前に何が出来るのカナ?」 ヒソカから吐かれる煙が部屋を充満する。 「それとも、何だ。 この子を愛しているとでも言うのカナ?」 ヒソカはそう言ってクロの顔に煙を吐きかけた。 「愛してるなんて、わかんねぇ。 実際何で此処に来たのかもわかんねぇよ。」 ヒソカの目がぴくりと動く。 「でもずっと考えて、考えて、 俺はソラの、蜜蜂やそらやとにかくあいつ丸ごと 大事だと思った。」 だからあんたからソラを奪いに来た。 クロが最後にそう言うと、ヒソカは大きな声で笑い出した。 「ははははははははは」 「君みたいな人を知っていましたヨ。 粗野で、勇敢で、どうしようもなく無知な男でした。」 ヒソカは狂ったように笑い続ける。 「君と同じように愛する人を僕から奪おうとした。 僕はそいつの見ている前で何度もそのひとを犯して犯して 犯し続けましたヨ。 その人は死に、そいつは消えた。 理解りますカ?全部ソラなんですヨ。 この子はそういう子なんデス。 魔物なんだよ!!!」 其の瞬間、見えたのはあいつの喉笛だけだった。 ただ其の汚いおしゃべりをやめさせようと、 「三日月亭」から銜えて隠していたナイフを、 ありったけの力で やつの喉元に、 突き刺した。 目の前で鮮烈な紅が踊る。 「この、くそ猫!!!」 僕の持っていたナイフを奪い、 やつが僕に其れを突きつけたとき、 失われゆく景色の中で、 ただ君の姿だけを探していた。 僕もまた、 君を愛していたのかもしれない。 君に出会えてよかったよ。 君と食べた、あのお菓子。 どんな味だったっけ。 君に話した夢の話。 どんな夢だったっけ。 君と歌ったあの歌を、 僕は死んでも忘れない。 僕を抱いた君の中。 其のぬくもりだって忘れない。 濡らした涙の切なさと、 描いた夢の大きさも、 僕は決して忘れない。 だから僕はもう行くよ。 最後にもう一度だけ我儘聞いて。 君の、 笑った顔が見たいんだ。 それなら淋しくないだろう。 僕も笑って逝けるだろう。
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